バリ島旅行観光ガイドTop >  バリ島について知ろう  >  インドネシアの基本情報


インドネシアの基本情報

正式国名
インドネシア共和国
首都
ジャカルタ
面積
約190万4443平方キロメートル。
日本の約5倍
位置
北緯6度から南緯11度、東経95度から141度
人口
約2億3800万人(2005年)
政治/元首
共和制/スシロ・バンバン・ユドヨノ
言語
インドネシア語。ただし、各地には今でも地域ごとの言語が使われ、583種以上の言葉がある。
宗教
人口の約87%がイスラム教徒、約11%がキリスト教徒、約1%が仏教その他、1%未満がヒンドゥー教徒。インドネシアは「国家五原則(パンチャシラ)」に基づき憲法で宗教の自由を認めている。
日本からのフライト時間
成田からジャカルタまで直行使で約7時間、デンパサール(バリ島)までは直行使で約9時間。

インドネシアの主な島々

・ジャワ島
   首都ジャカルタを抱えるジャワ島。世界遺産ボロブドゥールなどジョグジャカルタ周辺の遺跡、中部ジャワのディエン高原など文化的史跡と大自然が融合する観光スポットが多数、点在する。
・スマトラ島
インドネシアの西端に位置するスマトラ島。豊かに茂る熱帯雨林、珍しい動植物、それぞれに伝統のあ る多民族、きらめく白い砂浜と壮大な火山と、多彩な魅力が、訪れる人を楽しませてくれる。
・バリ島
このサイトで紹介するようにインドネシア最大の観光スポット。バリ・ヒンドゥーを信仰する人々は独特の宇宙観を持ち、その生活習慣が独自の芸術として花開き、世界中の観光客を魅了する。
・カリマンタン島
ボルネオの名で知られるカリマンタン島の南部、約55万平方キロメートルがインドネシアの領土でそれ以外はマレーシア、ブルネイ。カリマンタンとはダイヤモンドの川という意味があり、先住民であるダヤック族が暮らす。
・スラウェシ島
カリマンタン島とモルッカ島の間に浮かぶスラウェシ島。ランの花に似たユニークな地形は、古代大陸の衡突によるもので、アジア地域とオーストラリア地域の生態系に属する動植物が混在する。
・西ヌサトゥンガラ
東西の長さ1300km、550の島々が連なる大群島の総称がヌサトゥンガラ。その西部で、バリ島とロンボ ク島の間に動植物群の生態系を分けるウオーレス線が通っていることで有名。
・東ヌサトゥンガラ
ヌサトゥンガラの東部。「花」という名を持ち豊かな自然が残るフローレス島、世界最大のトカゲ、コモドオオトカゲが生息するコモド島、白檀(びゃくだん)の島として有名なスンバ島などがある。
・パプア
世界で二番目に大きいニューギニア島の四半分を占めるパブア。未開のジャングルも多く、ダニ族をは じめとする特異な生活習慣、文化や言語を持つ多様な民族が暮らしている。
・マルク諸島
1000以上の島々が散らばるマルク諸島。グローブとナツメグが採れることから、スパイスアイランドと呼ばれ、インドや中国、アラブ、ヨーロッパとの貿易が行われてきた。

インドネシアの国旗


インドネシア国旗

1945年の独立時に制定された国旗。赤と白は13世紀末の発祥と言われる伝統的な国民色で、白色は潔白を、赤色は勇気を表わし、この2色の組み合わせで潔白の上に立つ勇気という意味をもつ。
また、同時に赤と白は、太陽と月を表している。配色はモナコ国旗と同じだが、インドネシア国旗は縦横比が2:3である。

インドネシアの歴史

100万年~50万年前
1890年、オランダ人ユージン・デュボワ博士によって、最初のジャワ島居住者と考えられているジャワ原人(旧学名ピテカントロプス・エレクトス、現学名ホモ・エレクトス・エレクトス)の化石が発見された。
発見されたのは中部ジャワのトリニル村近くでこの化石は推定50万年前のもの。その後も他の化石が発掘された。
紀元前3000年~500年頃
モンゴル系のマレー人が中国やベトナム周辺からインドネシアヘ移住を始め、新石器・青銅器・鉄器などの新時代の文化やオーストロネシア地域(太平洋中南部の諸島)の言語を伝えた。
紀元前1世紀にインドの貿易商たちがインドネシアにやってきたため、インド文明の影響を受けるようにもなり、インドネシアにヒンドゥー教文化と仏教文化がもたらされた。
7世紀ごろ
この頃、ヒンドゥー王国や仏教王国が栄え、壮大な建築物や寺院が数多く建立される。
ジャワ島の世界遺産ボロブドゥールなど貴重な遺跡が今も残されている。
この時代にスマトラ島のシュリーヴィジャヤ王国が栄え、東南アジアで最も強大な王国として600年間勢力を誇る。
13世紀ごろ
強大なヒンドゥー王国マジャパイトが東ジャワで台頭し、その後200年の間にインドネシア全域とマレー半島の一部を統合、支配する。
この頃、イスラム勢力の到来があり、モンゴルによる最初のインドネシア侵略が行われる。
13世紀後半には北スマトラに小イスラム国家が誕生、スマトラからジャワ島やマルク諸島間の貿易によりイスラム教が拡大。ヒンドゥー教や仏教は、イスラム教におされ、やがて衰退していく。
1292年にマルコ・ポーロがヨーロッパ人として初めてジャワ島に上陸する。
16世紀
本格的にヨーロッパ勢力が侵入。1511年、ポルトガルの第2代総督アフォンソ・ダルブケルケがマラッカからジャワ島のバンテンやドゥマクヘ入り、当時のイスラム王朝諸国を支配。
17世紀
ポルトガル人に代わり、オランダ人が台頭しインドネシア全域にわたる支配を始める。
1602年、オランダは連合オランダ東インド会社を設立して香料とコーヒーの輸出を独占、1619年にジャワ島に総督を置いてインドネシアをオランダの植民地帝国とする。
以後、第2次世界大戦が始まり、オランダが日本に敗れるまでオランダ支配が続く。
19世紀
オランダ領東インド(スマトラ島、ジャワ島、スラウェシ島、カリマンタン島、マルク、ニューギニア)と総称されたこの地域は、1811~1816年までの期間、英国の支配下におかれる。
ジャワ島及びその属領の英国副総督トマス・スタンフォード・ラッセル卿は、植民地政策下でのリベラルな姿勢とジャワ史に関する研究にて知られる。
20世紀~
英国支配後、再びオランダ支配へと戻った後、披植民地支配から抜け出そうとするインドネシアの独立運動が盛んになり、各地で反乱と鎮圧が繰り返され、次第に激化していく。
これは第2次世界大戦開始後、オランダ軍が日本に敗れるまで続いた。
大戦中の日本車占頷下でインドネシアの独立運動は一致団結する機会を得、1945年8月15日に日本軍が連合軍に降伏した直後の8月17日、インドネシアは独立を宣言。
1949年12月27日、オランダがインドネシアの主権を認めたことにより、ここにインドネシア共和国が正式に成立した。

おすすめ旅行グッズ

ベテラン添乗員が考案 音声付翻訳手帳【おしゃべり紀行ワ-ルド編】 TG-22W
価格 14,490円 (税込) 送料別
【メール便OK】安眠枕&アイマスク 2点セット ブルー【旅行用品・移動快適お得セット】
価格 1,900円 (税込) 送料別
【海外旅行用変圧器】全世界対応トランス ATX-30 電気製品を海外で使用 110~240V 30VA
価格 2,980 円 (税込) 送料別
提携サイト:楽天市場

   前のページ【 インドネシアとは

バリ島旅行観光ガイドTop >  バリ島について知ろう  >  インドネシアの基本情報

おみやげは通販で

サイト内検索

Google

スポンサードリンク



アクセスカウンター カウンター